コメント受けて整理してみました

指摘していただいたおかげで、だいぶ論点が整理できました。ありがとうございます。

(1)
> みんな自分の面白いに自信が無いんですか。
> それとも、自分の面白いを誰かに押しつけたいんですか。
前者の「みんな」は買う側?
自信がないかどうかはさておき、自分がその作品を「面白い!」と思う理由の核心を突くような高度の評論だとしたら、誰もが欲しいと思うところです(まあ、そうじゃないから期待はずれなのでしょう)。
……それはさておき、後者の「押し付けたい」意図は、売る側にはあるんじゃないか、というか、そういう本なんでしょう?
そうでないと思ってたとしたら、何をその雑誌に求めたのか知りたいです。

前者のみんなは、買う側です。
押し付けたい意図は、売る側にあります。そういう本です。
押し付ける手法として、読者アンケートのコメント (を転記したと思われる雑誌記事) を使っている点に、私は違和感を感じました。不特定多数の背景が分からない読者のアンケート結果を見て、「このライトノベルがすごい!」と思える人が居たら、人が良いのか、頭が悪いのか、どっちかでしょう。
私が求めていたのは、少人数のレビュアーが、その人のお勧めの作品について、好きなことを好きなだけ書くようなスタイルの「すごい!」です。『読者投票の結果、涼宮ハルヒシリーズの「長門有希」がキャラクタ部門で二位でした!』なんてことが情報として何の価値があるかが理解できないです。くだらなさすぎると思います。

(2)
灼眼のシャナ』がどういう作品か知らないのですが評価されるべきでないのですか?
「必要以上に資本主義的な体質」を促進するものなのですか?

売れている=利益を上げている、という意味で、売る側が評価するのは当然です。売れている=人気がある=面白い、という意味で、読者側が評価するのも当然です。ただ、私は売れている作品しか評価できない業界が、今後、私が望むような作品を出版してくれるかどうかに不安を感じています。繰言です。
最後の疑問は、『灼眼のシャナ』が「必要以上に資本主義的な体質」を促進するものなのですか?という疑問だと思うんですが、そう思います。シリーズものを評価するというのは、そういうことだと思っています。